それから十数時間後、俺達は無事(だと思う)、日本に到着し成田から三咲町、そして久しぶりの屋敷に到着した。

「んーーーっ・・・やっと帰ってきたな・・・」

「それよりも、兄さん一つお聞きしたい事が・・・」

「皆まで言うな」

そう、やっと屋敷に帰ってきたが、居間は戦場の様な緊迫感に満ちていた。

唯一にして最大の理由は、やはり俺の横で腕にしがみ付き思いっきり俺に甘えている沙貴の事だろう。

現に全員、俺の横で一部の隙も無くぎゅっとしがみ付いている沙貴に膨大・・・いや、その例えすら可愛く思える量の殺気をぶつけている。

更に言えば全員(最大は秋葉だが)沙貴の胸の部分を鋭い視線で射抜いている。

いままではだぼっとした服を着ていた為皆気付いていなかった様だが、こうやってしがみ付いていると沙貴のボリュームが嫌でも目に付く。

それを確認した瞬間秋葉は、既に沙貴(ついでに俺)を檻髪で包囲しいつでも略奪準備は完了している。

「それで志貴、なんで沙貴はここで志貴に思いっきり甘えている訳?」

アルクェイドは爪を伸ばしそう聞いて・・・いや詰問だなこれは。

見ると他の面々も、秋葉を筆頭にみなそれぞれの得物を手に俺と沙貴を睨み付けている。

「ああそれはだな・・・」

「兄様、どうぞ」

俺が言葉を繋げようとした時、沙貴は手にお菓子を持って俺の口元に運んで来た。

「あ、さ、沙貴・・・少し待ってくれ・・・その、なんだ」

「・・・嫌ですか?」

俺がやんわりと断ろうとした途端、沙貴は泣きそうな表情で俺を見上げた。

「・・・」

俺は覚悟を決めると、手元の菓子を沙貴の手渡しで食べようとしたが、ジュッとそんな音を立てて、菓子は秋葉によって略奪された。

「兄さん!!!話を聞いているんですか!!!」

はっきり言って今の状況の秋葉はやば過ぎる。

下手な言動は俺の十三階段に直結してしまう。

しかし、それよりも先に盛大な爆弾を投下した者もいた。

「私は兄様から、大切なお話があるとの事でここにいるだけです」

心なしか、檻髪の範囲が著しく狭くなっているな・・・俺、生きて帰れるかな?

半分現実逃避に入りかけたが、それに待ったを掛ける人も当然いる訳だ。

「それで・・・」

「七夜君は・・・」

「一体・・・」

「どの様な」

「お話を・・・」

「「「「「「されると言うのでしょうか?」」」」」

一語ずつは全員(レンを除く)口を出し、最後には見事に皆はもった。

「ああ、話と言うのは・・・沙貴を家の使用人として雇おうと思ったんだよ」

「「「「「「「ええっ!!??」」」」」」」

あ・・・またはもった。

更に言うと、皆呆けている。

俺そんなに変な事言ったのか?

更に言えば沙貴が、先刻までの嬉しそうな表情が嘘みたいに暗転して、明らかに落ち込んでいた。

「志貴様!!!!」

意外にも、その沈黙を破ったのは、翡翠だった。

「どうか・・・したのか?翡翠」

「志貴様・・・私では何かご不満でも・・・ひっく・・・あるのでしょうか?」

ううっ・・・それは反則だ翡翠。

瞳に涙を湛えて俺を見上げるのは・・・

しかし俺は翡翠だけに集中する訳にも行かなかった。

「あらら〜志貴さん、翡翠ちゃんを泣かせるんですか〜??」

琥珀さんが何時の間にか、薬の錠剤を持って、隙あらば俺に飲ませようとしている。

「違う違う、翡翠、君には不満はない。俺は沙貴を翡翠と琥珀さん、双方の補佐として家で働いて貰おうとしているだけなんだ」

そう言うと、今度は秋葉が異議を唱える。

「兄さん、この屋敷の使用人は翡翠と琥珀で充分事足ります。兄さんが余計な気を使う事はありません」

「そうは言うが秋葉、さすがに二人だけじゃあきつくなっているのも事実じゃあないか?俺が帰ってから、翡翠と琥珀さん以外誰も雇っていないだろ?それでいて、人数は増えてきている・・・まあ、俺が手伝えばすむ話だけど」

「そんな!!!兄さんはゆっくりしていれば良いんです!」

「そうです!!志貴様にその様な事・・・」

「だから、沙貴に手伝ってもらうんだよ。俺がやろうとすると二人とも止めるし」

「ううう・・・」

「そ、それは・・・」

「それに、・・・もう一つ、極めて個人的な理由もあるし」

そう言うと俺は隣で落胆の色を隠しきれない沙貴に笑いかけると、

「いままで、沙貴は一人ぼっちで辛い思いをしてきたんだ。だからさ・・・俺でも、傍にいれば心が安らげるのなら、その場所を作ってやろうと思ってな・・・それに、少しでも賑やかな方が良いだろう?」

「兄様・・・」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」







志貴のその台詞を聞き、沙貴は到底言葉に出来ない感謝と、自らの持つ志貴への深い思慕の想いを再確認していた。

確かに先刻までは志貴のその言葉に正直に言えばショックだった。

しかし、今の言葉の前にはそんな事は些細な事だった。

いつも・・・いつもそうだった。

自分が寂しい思いをしていると、直ぐに飛んできて自分を慰め、優しく一緒にいてくれた大好きな志貴お兄ちゃん。

あの頃の沙貴は何の疑問なく、七夜志貴と言う蒼眼の少年に甘えたいだけ甘え放題であった。

しかし・・・成長していくにしたがって沙貴には、ある後悔が芽生えていた。

―自分は志貴お兄ちゃんの為に少しも役に立っていない・・・―

それどころか迷惑ばかり掛け、志貴に多大な苦痛を強いてきた。

今回の『凶夜の遺産』でもそうだ。

最初の『空間を繋ぐ館』では、沙貴はいざと言う時には志貴と隔離され、何も力になっていない。

あの時ほど沙貴は自分の力の無さを呪った事は無かった。

あれほど、志貴を守ると本人の前で言ったにもかかわらず・・・

一部では『破光の堕天使』呼ばれてはいるが、そんな異名もあの時ばかりは虚しいだけだった。

そんな役立たずな自分の事を第一に考え『沙貴の為』に彼女の場所を作ってくれようとしている。

その事実が彼女にとってはとても心地の良いものだった。

一方他のメンバーはどうかと言えば、琥珀・翡翠はただ純粋に志貴のささやかな心配りが嬉しかったし、帰国前にはすっかり打ち解けた為、沙貴を拒絶する気は無かった。

またアルクェイド・シエルは沙貴と言う新たな強敵がここに住まうと聞き一瞬戦慄したが、沙貴には若干苦手意識が存在していた事もあって強く反対出来なかった。

レンは志貴に不満な視線を向けたが主人が決めた事に文句を言える筈も無く、結局は不機嫌そうに猫になってしまっただけであった。

そして・・・残る秋葉はと言えば・・・

「兄さん!!私は絶対に認めませんよ!!」

と強硬に反対した。

しかし、秋葉も沙貴の事を一から十まで嫌っていると言う訳でもない。

苦手意識もある、沙貴の過去を不憫に思ったりもした。

しかし、今の秋葉を突き動かしているのは、それ以上の危機意識であった。

三年前、志貴がこの屋敷に戻って来た時、戦況は秋葉に圧倒的に有利の筈だった。

翡翠は幼い頃、志貴と一緒に遊んでいたとはいえ、現在では使用人の一人、主である志貴に色恋沙汰を持ち込むとは到底思えないし、琥珀に関しては父の手で非道な仕打ちを受けていた所為もあり、志貴とは殆ど言葉を交わした事など無い筈、そうなれば・・・と考えていたが、その計算が途中から豪快な音を立てて崩壊していったのは周知の通りである。

まず、自分の目の前にいる能天気な身確認あーぱー生物アルクェイド・ブリュンスタットに始まり、教会の人外兵器シエルが、志貴争奪戦に名乗りを挙げた。

この頃はまだ余裕はあった。

『私と兄さんの絆は貴女方の様な、ぽっと出の足元にも及びませんよ。おほほ』

と、身の程知らず達を影ながら嘲笑った事もあった。

しかし、この頃から翡翠と琥珀までもがまるで影の様にひっそりと何時の間にか、この争奪戦に参加していた。

これに焦りを感じてきた矢先、今度は化け猫のレンが乱入を果たし、もう毎日が決戦だと言う時に、自分達以上に志貴の幼い頃を知っている沙貴までもが反則気味に参入。

もはや手段を選ぶ余裕すら無くし始めている秋葉が、少しでも危険性のある沙貴を雇う事など出来る筈の無かった。

するとそれに助け船を出す者がいた。

「では秋葉様こうしたらいかがでしょうか?取り敢えず沙貴さんに、掃除・雑用・料理をさせてみてその上で皆で判断されると言うのは?」







琥珀さんの提案を受けた時、正直秋葉は乗り気でないと言う事は全員の表情からも明らかであった。

「しかし琥珀、審査といっても、ここにいる全員は沙貴を雇う事に賛成の筈よ。これで公平な審査といえるのかしら?」

「ご心配には及びません。秋葉様、最終的な審査は私と翡翠ちゃんで行います」

「はい、私たちもプロですから、決して私情で審査を甘くする事はございません」

「・・・そうね、じゃあ審査はあなた達二人に任せましょう」

「はい、志貴さんはそれでよろしいでしょうか?」

「ああ、それで良いよ。このままだと堂々巡りだから」

「他の方は?いかがでしょうか?」

「私は別に構わないわよ」

「私もそれが一番いいと思います」

「・・・にゃあ・・・」

「はい、では皆さんの賛成を得られましたので、これより審査を始めようと思います。じゃあ翡翠ちゃんは沙貴さんと一緒にお掃除の審査からお願いね」

「はい姉さん。じゃあこれから準備を始めますから、沙貴さん・・・こちらに」

「はい」

そう言うと、沙貴は翡翠と一緒に居間から出て行った。

「それにしても・・・志貴本当に沙貴の事に関しては徹底的に過保護になるのね」

「別に過保護と言う訳じゃあないさ。さっきも言ったように、少しでも幸福になって欲しいからな・・・それとあともう一つ、遺産との戦いもまだ終わっていないのだから、連絡が直ぐにつく方が良いし・・・」

(でも・・・結局の所俺は沙貴をも縛りつけようとしているだけなのかも知れない・・・)

「??七夜君」

「えっ・・・どうかしたの?」

「いえ・・・七夜君がとても辛そうに思えたので・・・」

「気のせいだよ先輩」

そこまで言った時だった。

翡翠が戻ってきた。

「??翡翠どうかしたのか?」

「・・・」

翡翠の様子が変だ。

呆けているようにも思えるが・・・いやあれは落胆しているのか?

「翡翠ちゃん?審査は終わったの?」

「・・・いいえ、沙貴さんに服を着替えて頂いたのですが・・・自分に自信がもてなくなって・・・」

「???それはどういう意味なの翡翠?」

「それは・・・」

「失礼いたします」

そこまで言った時居間の外から沙貴の声が聞こえてきた。

「翡翠さん、とりあえずご提示された部屋のお掃除は全て終わりましたが、次は・・・どうかされましたか?」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

全員、沙貴の姿を凝視していた。

沙貴は翡翠と同じデザインのメイド服を着ている。

おそらく、翡翠の服を借りたのだろう。

結論から言って・・・恐ろしく似合っていた。

おそらく翡翠は沙貴の着替えを見て自分のスタイルに自信が持てなくなったのだろう。

見ると全員、見事に硬直している。

「??兄様どうかされたのでしょうか?皆様すっかり呆けておりますが・・・」

「さあな・・・取り敢えず皆がこの状態じゃあ仕方が無いから、俺が審査をするか」

「本当ですか!!では私、兄様に認められる様にがんばります!!」

俺の台詞を聞いて、訝しげに硬直している皆を見ていた沙貴はたちまち表情を明るくすると、俺の手を取って、

「兄様では早速、私が掃除したお部屋を審査して下さい」

「ああわかったから」

そう言うと俺はまだ固まっている皆を残して居間を後にした。







「はぁ〜あの部屋をここまで整理するとは・・・やるな沙貴」

「とんでもありません」

俺は沙貴が清掃及び整理整頓を行った部屋を見ると溜息一つつき感想をもらした。

ここは、先刻までは三年前までこの屋敷に逗留していた親族連中が置いて行った粗大ごみの置き場と化していた。

「沙貴あれだけのごみはやっぱり・・・破壊したのか?」

「はい、こう言った時、この力は便利です。それに破壊したのは外観だけで中の必要と思われる物は全て残しました」

「なるほどな・・・」

俺は苦笑した。

確かにあの力はあんな血生臭い所よりは、今の様な使い方が一番良いだろう。

「さて次は・・・食事か・・・沙貴、料理は大丈夫か?」

「はい、預けられた所では雑用全般をさせられましたから、料理も一通りは」

「じゃあ台所に行くか」

「はい」







「美味い・・・」

俺は沙貴を伴い台所に着くと沙貴にある物で作ってみてくれと言うと、沙貴は手馴れた手付きで洋食のフルコースを作り上げた。

そしてそれを一口食べた俺の感想はこれだった。

「完璧だな」

「いえ・・・そんな事はありません」

「いや本当に見事だよ沙貴。これなら琥珀さんの代役でも充分こなせるって・・・さてと、ともかく皆にこれを食わせよう。これなら秋葉も納得するだろうしな」

「あっそれでは兄様、私このまま皆様の御夕飯をお作りします」

「えっ?もうそんな時間・・・って、うわ本当だ。じゃあ沙貴お願いできるか?」

「はいお任せください・・・あっですが・・・兄様、時折ここに来ていただけますか?」

「??そりゃあ構わないが・・・どうかしたのか?」

「実は・・・私方向感覚が・・・その・・・」

「??」

「方向音痴なんです・・・」

「へっ?で・でも沙貴、お前さっきは」

「・・・あれは目印がありましたし・・・近かったからです・・・ですが・・・」

「台所からここまでの道順がわからないのか?」

「はい・・・」

俺は唖然とした、一見完璧と思っていた沙貴にこんな弱みがあったとは・・・

「でも・・・こう言った弱みがあった方がいいよな・・・うん・・・わかった沙貴、十分か二十分位に一回はここに来るから」

「はい・・・申し訳ありません兄様」

「じゃあ沙貴、料理楽しみにしてるからな」

「はい!!」







志貴と沙貴が立ち去ってから数分後、ようやく立ち直ったアルクェイド達はと言えば

「やっぱり兄さんああいった胸の大きな女性が好みなのかしら・・・」

「はぁ・・・まさか沙貴さんがあそこまでいいスタイルをしていたとは・・・予想外です」

「あらら〜、女性は外観よりも中身だと思いますが」

「でしたら私が一番有利かと」

と、話していたが不意にアルクェイドが思い出したように

「そう言えば志貴と沙貴は?」

その言葉に全員立ち上がった。

「そうよ!!兄さんは?」

「まさか沙貴さん・・・七夜君を連れて・・・許せません!!」

「志貴様!!」

「あはは〜沙貴さんを連れて行くなんて志貴さん、いい度胸していますね〜」

「私から逃れられるとでも思っているの!!志貴!!!」

「呼んだか?」

全員が勝手にヒートアップしていると当の志貴が戻ってきた。

そしてやはりだが、ひいた。

「み、皆・・・何そんなに盛り上がっているの?」

「兄さん・・・一体どちらに行っていたんですか?」

「どちらって、審査に行ったんだよ。皆なんか固まっていたから。俺が止むを得ずな」

「それで沙貴さんは?」

「沙貴なら今夕食を作ってもらっている。審査と食事を兼ねてな」

「そうですか、それで志貴さん、沙貴さんの清掃の方はどうですか?」

「それに関しては実際に見てもらった方がいいと思うから、見に行ったら」

「そうですねでは行きますか・・・」

そう言うと、秋葉達は例の部屋に向かった。







そして沙貴が掃除を行った部屋を見た皆の感想と言えば、

「へぇ〜確かこの部屋ってかなり酷かったんでしょう?」

「はい、そうだったんですよ〜」

「しっかりと、絨毯や調度品の掃除と整理も行っていますし・・・」

「志貴様あれだけの粗大ごみは・・・」

「沙貴が破壊したから残っていないよ」

「そうでしたか・・・」

「・・・・・・」

「翡翠ちゃんどうかな?」

「ええ、これだったら他のお部屋のお掃除も充分任せられるわ」

「秋葉様、いかがでしょうか?これだけお掃除が出来るのですから十分翡翠ちゃんの補佐はやっていけると思われますが?」

「そ、そうね・・・じゃあ掃除は合格だけど・・・まだ料理が残っているわよ。兄さん」

「それについても大丈夫だと思うぞ」

と、概ね掃除に関しては皆沙貴の有能さを認めた様だった。

「それじゃあ、私沙貴さんの様子を見てきますね」

「うんお願いするよ琥珀さん。・・・あっ!そうだ琥珀さん」

「はい、なんでしょうか?」

「後で良いからこの屋敷の地図、沙貴に渡してもらえるかな?」

「はいそれは特に構いませんけど?」

「うん、それじゃあお願いするね」

そう言い合うと琥珀さんは台所に向かっていった。

「そう言えば七夜君は、沙貴さんの料理は食べたのですか?」

「うん、ついさっき食べた所」

「でどうだったの志貴?」

「美味かった。あれなら琥珀さんの変わりも充分勤まるから」

「だってさ〜妹」

「これでこの屋敷で料理が出来ないのは・・・」

「!!っ・・・まだレンがいるでしょう!!」

「あら秋葉さんレンちゃんは猫ですよ?猫にまで仕事をさせるのですか?」

「うわ〜妹それすご〜い」

「あ・あ・あ・あ・あなたたちは〜〜〜〜!!!!」

「落ち着け秋葉」

ひとまず俺は冷静さを失っている秋葉を宥めながら居間に戻っていった。

「こほん・・・ですが兄さん、沙貴を雇うのは良いとして、まさか沙貴を兄さん専属にする気はありませんよね?」

「いや、それは無い。俺としては翡翠で充分過ぎる程だし、沙貴には翡翠や琥珀さんの補佐をやってもらうと言うのが基本だからな・・・もっとも沙貴の方がなりたがると思うけどな」

そう言った俺の何気ない言葉に翡翠が、

「・・・そうは・・・させません・・・」

「??翡翠?何か言ったか?」

「!!いっ、いえなんでもありません!」

そんな事を言っていると、

「皆さ〜ん!!沙貴さんのお食事が出来ましたよ〜!!」

と、琥珀さんの声が聞こえてきた。

「さて、じゃあ行くか皆?」

「ええ、そうですね」







食堂には緊張した面持ちの沙貴が、待っていた。

その前には出来たての料理が湯気を立ててなんとも美味しそうな匂いがさっきから鼻腔をくすぐっている。

「うわあー美味しそう!」

「本当ですね」

「じゃあ食べるか」

「・・・はい・・・」

「・・・はぁ・・・はい兄さん」

これを見てアルクェイド・先輩は素直に感嘆し、レンも言葉少なげだが、眼をきらきら輝かせて、秋葉はいささか・・・いやかなり落胆すると、俺の言葉を受けて着席した。

「では皆さんどうぞお食べになってください・・・あっそれと翡翠さん、琥珀さん、お二人の分もご用意していますからどうぞお食べになって下さい」

「えっ!?」

「で、ですが私達は・・・」

「兄様が仰っていました。『翡翠も琥珀さんも、俺にとっては大切な家族だから』と、ですから家族の方に同じ食事を出すのは当然です」

「沙貴・・・そいつはあまり・・・」

「宜しいではありませんか兄様、事実を私は口にしただけですから」

沙貴の言葉に俺はついそっぽを向いたが、沙貴は静かに微笑みながらそう言う。

「と、ともかく!!皆食べるか!!」

そう言いながら俺は沙貴の料理を一口食べ、それに倣って皆食べ始める。

するとあちこちから

「本当に美味しい!!!」

「琥珀さんの料理と比べても遜色ありませんね」

と歓声が聞こえてきた。

そして、俺達と一緒に食べる翡翠達も

「あらっ!本当に美味しいわね翡翠ちゃん」

「・・・はい・・・」

と感想を漏らす。

「?あれ妹どうしたの?」

と、アルクェイドがかなり落ち込んでいる秋葉に声を掛ける。

「な、何でもありません!!・・・こほん・・・確かに兄さんが推薦するだけの事はありますわね。わかりました沙貴、貴女は明後日から、この屋敷で働いてもらいます」

「!!は、はいっ!!よろしくお願いします!」

「で、兄さんも言っていたけど、ひとまずは翡翠と琥珀の補佐をして貰うわ。彼女の教育に関しては、翡翠・琥珀あなた達に一任します。後・・・」

「まあ、秋葉、そう言った話はまた明日で良いだろう?とりあえず今日は沙貴の料理に舌鼓を打つとしようか?それと沙貴」

「はい?」

「お前飯は?」

「い、いえとんでもありません!!兄様、私は後で・・・」

「ああ、そうか、お前自分の分まだ作っていなかったのか?」

「いえ、そうでは・・・」

「沙貴とりあえずお前も座れ飯は俺が作ってやるから」

「ええっ!!兄様が!!」

「・・・やっぱり以外か?」

「いえ、そうではありません・・・」

「まあ、お前の舌にあうかどうかわからないけどなるべく美味いもんでも作ってやるからな」

笑いながら俺がそう言うと沙貴を空いている席(俺の隣だった)に半ば強引に座らせるとその足で台所に向かう。

そして、俺がひそかに夜食用として買い込んだ(琥珀さんにも秘密だが)煮るラーメンの袋を取り出すと、冷蔵庫から野菜を取り出し、ぱぱっと野菜を炒め、ラーメンを作ると、沙貴の所に持ってきた。

「ほい、出来たぞ」

そう言いながら、沙貴の前に丼を置く。

「あらっ?志貴さん、ラーメンなんてありましたっけ?」

「ああ、すみません琥珀さん、俺がひそかに持ち込んだ物ですよ。腹が減った際の夜食として」

俺が苦笑して再び席に着く。

「じゃあ改めて、いただきますと」

そう言うと俺は改めて沙貴の料理を食べ始めた。

しかし、その間沙貴を除く皆、鋭い視線を俺に向けていたのは決して気のせいではないであろう。

さらに・・・

「志貴〜私もラーメン頂戴」

「七夜君、私もお願いします」

「兄さんまさか新参者や赤の他人に作っておいて私の分は無いとは言わせませんよ」

「志貴様・・・私にも・・・」

「あはは〜志貴さ〜ん私にも一つ下さいな〜」

「・・・(くいくい)」

まさかスーパーまでインスタントラーメンと具材を買いにひとっ走りするとは思わなかったが。







食事も終わり俺は風呂に入った後、髪を拭きながら廊下を歩いていた。

「ふぃ〜いい湯だったなっと」

俺は静かに久々の風呂の感覚に味わいつつも安堵していた。

「沙貴の事を皆も一応受け入れてくれたし、これで一安心だな・・・」

まあ、まだまだぎこちない部分もあるが、それは時間が解決してくれる筈だ。

そう考えながら、居間のドアを開けた。

そこには、まだ全員起きていたらしく、女性陣が揃って話をしていた。

「あれっ?皆まだ起きていたのか?」

「あっ志貴、妹とかと色々と話し込んでいたから」

「そっか・・・」

俺が何気なしに座ると、翡翠がそっと紅茶を出してくる。

「そう言えば兄様、新たな遺産の手掛かりに何か心当たりでもあるのでしょうか?」

「ん?なんでそんな事を思うんだ?」

「いえ、あまりにも兄様が余裕のあるような素振りでしたので・・・」

「とりあえず遺産に関しては情報屋に調査を頼む気さ」

「えっ?七夜君情報屋なんか知っているんですか?」

「ええ、先輩、一人だけですけど」

「そう言えば志貴って私達も知らない情報を時々仕入れてくるけど、それもその情報屋って所から?」

「まあそうだな。そう言う訳だから、秋葉、俺は明日、一日中屋敷を出ると思う」

「はいわかりました。どうせ私は明日久しぶりに知り合いが会いに来ますから」

「えーーーっ!!私も志貴と行く〜」

「駄目だ、お前はおとなしく待ってろ」

「まったくですアルクェイド、貴女はここでおとなしく待っていなさい。七夜君とは私が・・・」

「先輩、俺は明日一人で出るんです・・・はあ〜」

俺は盛大に溜息を付くと、適度にぬるくなった紅茶を一息で飲み干すと、

「じゃあ皆お休み」

と一声掛けて、居間を後にした。

「志貴〜お休み〜」

「七夜君お休みなさい」

「兄さんお休みなさい」

「志貴様どうぞお休みを」

「志貴さんお休みなさいませ」

「にゃあ〜」

「兄様お休みなさい」

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